シニア留学の授業は「中学生レベルの英語」からスタートで安心!
さて、皆様が一番気になるのは「実際の勉強はどうだったのか?」という点ではないでしょうか。
授業はまず、中学生レベルの英語の基礎から始まりました。先生は日常でよく使う英会話を中心に、いつも楽しい授業を心掛けてくださいます。私たちが分かりづらそうな顔をしていると、笑顔で何度も丁寧に説明してくださいました。
私たちは「異文化体験クラス」に所属していたため、主に外に出かけたときに必要となる実用的な英語を学びました。日常でよく使う単語やフレーズを中心に教えていただいたのです。
担任のキャサリン先生は、お名前の通り本当に優しく素晴らしい女性でした!キャサリン先生はご自身でも日本文化の勉強をされており、日本語も少しお話しできたので、私たちにとってどれほど心強い存在だったか分かりません。
英語の勉強において「読む・書く・話す・聞く」の4つはいずれも大切ですが、やはりネイティブの発音を聞き取る「リスニング」は特に難しく、何度も聞き返してしまうことが多かったのも、今では良い思い出です。
クラスメイトとの交流|自然と深まる仲間との絆
こうして我々は緻密なスケージュール通りの生活を一日一日過ごしていきます。英語はさほど上達したとは思いませんが生活には次第に慣れていきました。英語クラスの人たちは我々よりもっと過密なスケジュールだったかもしれません。もちろんクラスは違っていても寮が同じ人たちとは自然と仲良くなっていきました。
日本への電話|当時ならではの苦労
授業以外でも、普段の生活の中で「これは困ったなあ」と思うことがいくつかありました。
たとえば、日本への電話です。
今でこそ、誰でも携帯電話を持っていて、海外からでも簡単に連絡が取れる時代ですが、私が留学したのはもう20年以上も前のこと。そんな便利なものは、まだ当たり前ではありませんでした。
ですから、日本の家族と連絡を取ろうと思うと、まずは電話用のカードを買わなければなりません。
そしてそのカード、なかなかの曲者でして……。
カードに書かれている番号と、日本の電話番号を、何桁も何桁も入力しなければならないのです。
これがもう大変で、途中で間違えて最初からやり直しになったり、「今度こそ!」と思ったらつながらなかったり。受話器の前で、何度ため息をついたことか分かりません。
少し英語のできるクラスメイトに助けてもらいながら、なんとかかけていましたが、これは多くの人にとってなかなか難しい作業でした。
今思えば、それもまた良い思い出ですが、あのときは本当に「電話ひとつでこんなに苦労するなんて」と、驚いたものです。
【忘れられない出来事|留学中に飛び込んできた衝撃のニュース】
またいつものように一日が始まりました。
そんな何気ない朝のことです。
9月11日――
あのアメリカでの同時多発テロが起きました。
当時、私はカナダに滞在しており、この出来事を最初に知ったのは、日本から電話を受けた方の話からでした。
「アメリカで大変なことが起きているらしい」
最初はどこか現実味がなく、遠い国の出来事のように感じていましたが、時間が経つにつれて、その深刻さが少しずつ伝わってきました。
異国の地にいながら、世界とつながっていることを強く感じた瞬間でもありました。
その影響は私たちの帰国時にも及び、空港でのチェックインや手荷物検査は、それまでとは比べものにならないほど厳しくなっていました。
あのときの緊張した空気は、今でもはっきりと覚えています。



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